吹きガラス職人が出会った、
「理想的で」現実的な暮らしを送れる渋川の温泉街。
独立をきっかけに渋川へ移住、伊香保の山間に工房を構える
私が渋川市に移住したのは、2019年10月。温泉地としても知られる伊香保町の見晴台温泉街という通りに、「伊香保ガラス工房 吹々」を構えて、ガラス工芸の作品づくりと吹きガラス制作体験教室を行っています。
移住前は、日本で有名なガラス工房に勤め、職人としての技術や表現力を高めながら、独立のノウハウも学んでいきました。そして工房で働いて約10年経ったころ、独立し自分の工房を構えることを決意。
私は神奈川県の街の中で生まれ育ちましたが、両親のふるさとのような田舎の方が、山があって、空は広くて、好きなんですよね。それに温泉も好きなんです。なので、工房を構える場所も、「山と温泉がある街」を理想の一つとして探していました。
北関東を中心にいろいろな移住先を探しましたが、渋川市の空き家バンクでいい物件に出会えたこと、そして物件のある地域が、暮らしの理想と生活の条件のバランスがよかったことが、渋川市に移住を決めた理由です。
空き家バンクで出会った、理想的な山間の街
私にとって移住先の理想の一つが、山と温泉があること。もともと自然が好きだし、自然豊かな場所で仕事をしたほうが、心が広くなり、いろいろな発想が浮かんでくると思いますしね。
一方で、自然・温泉・観光・歴史・災害・交通などの暮らしに関わる環境のバランスがとれていることや、神奈川の実家に帰りやすいことを現実的な条件として考えていました。
ひとりのガラス職人として独立するにあたって、そんな条件を考えながら移住先を検索。そこで活用したサービスが自治体の「空き家バンク」。空き家バンクを活用して出会ったのが、私が購入した物件なんです。
見晴台温泉街とときわ通りをつなぐ階段に、山の斜面に沿うように建っているのが特徴の物件。2件の店舗がつながっていて、昔ラーメン屋だった建物をギャラリーとして、美容室だった建物を工房として使っています。
空き家バンクで理想的な物件に出会えたので、地域の環境についても調べていきました。
すると、渋川市は鉄道や高速道路など意外と交通の便がいいことを発見。地盤がしっかりしているから地震も少なく、立地的に水害など自然災害リスクも少ない。冬は冷え込むけど、雪はあまり降らない。
調べていくうちに、「住みやすい場所」だということがわかり、渋川市への移住を決意。温泉地なので気軽に温泉に行けるし、ちょっとした散歩感覚で山歩きができるのも、この地域を選んだ理由の一つですね。
街に暮らす人の応援が、地域との距離を近づけてくれる
いい場所と物件を見つけられて嬉しい一方、街に暮らす人たちが自分のことを受け入れてくれるかが不安でした。夫婦や家族連れではなく、男一人でやってくるわけですからね(笑)。でも若い人がきてくれたって喜んでくれました。
実際に移住してみると、街のみなさまが「ガラス工房やるんだってね!」と快く迎えてくださってホッとしました。実は、物件を仲介してくださった不動産会社の方が、伊香保に住む人達や宿の女将さんたちに、私のことを紹介しておいてくださったんです。後から知ったのですが、顔が広く、気さくな地元のキーマンで、この方の存在はありがたかったですね。
伊香保は、観光を中心とした商売の街。今では空き家が増えてしまったり、コロナ禍で客足も遠退いていたりしているので、街のみなさまの中にも、地域に新たな人の流れをつくるきっかけが生まれたら、という想いもあったのではないかと思います。
地域のキーパーソンも、定期的に「どう?がんばってる?」と声をかけにきてくださるし、渋川市役所の方も、物件を修繕するための補助金申請を案内してくださいました。
移住をして地元の方に応援していただけるのは心強いし、自分と地域との距離がぐっと近づくような感じがしました。
自分の仕事を活かして、ここに人が来るように貢献したい
私の工房がある見晴台温泉街はコロナ禍ということもあり空き店舗が増えてしまい、少し寂しいです。でも、作家さんや個人経営の飲食店などがこの場所に出店し、町並みが明るくなれば、新たな賑わいが生まれるかもしれません。それに、新しいことを始めると自ずと目を引く事ができるのが地方の良さ。チャレンジしたい事がある人にとって、渋川市への移住はチャンスかもしれないですね。
私も、渋川市を盛り上げるために渋川市や伊香保っぽいオリジナルのデザインを作ってみたいですね。他にも、ガラス製品と地域のキャラクターとのコラボも面白いと思います。まだ試行錯誤段階ですが、渋川に足を伸ばしてもらうきっかけとなるようなものを作っていきたいです。
移住後の暮らしを冷静に考えることが、理想的な移住につながる
移住を考えている人それぞれに、「移住をして、こんな生活を送りたい」という理想があると思います。だからこそ、冷静に「現実」を考えていけば、より理想的な移住になるのではないでしょうか。
私自身、移住前ははやる気持ちもありましたが、実際に工房を構えて仕事や生活が始まった後のこともよく考えたし、事前に何度も渋川市を訪れ街の様子や移動距離を体感しました。
移住は、「観光」に行くのではなく、地域の中で「暮らし」を続けること。その土地の気候や、車は必要か、買い物にかかる時間なども考えておきたいですね。
それに、街とつないでくれる地域のキーパーソンや、移住支援窓口、行政のみなさまとつながることも大切です。街のみなさまのサポートがあるからこそ、スムーズに街の中に溶け込んでいけるのだと思います。
理想を求めて移住を考える熱さと、無理のない暮らしを考えた冷静さを持つこと。そして、地域をつないでくれる人と出会うことが、理想的な移住につながるのではないでしょうか。
Profile
阿部 貴央さん
神奈川県横浜市出身。有名なガラス工房で腕を磨き、独立を機に渋川市へ移住。空き店舗を改装し、制作体験もできる工房と展示販売のショップ「伊香保ガラス工房 吹々」を構え、日々創作に打ち込んでいる。